人々が寝静まった夏の未明、山が牙をむきました。2014年(平成26年)8月20日、広島市の広島土砂災害が発生。安佐南区(あさみなみく)と安佐北区(あさきたく)の住宅地を、同時多発の土石流とがけ崩れが襲いました。亡くなった方は77人。3時間で200ミリを超える猛烈な雨と、「まさ土」と呼ばれる崩れやすい地質が、被害を最悪のものにしたのです。なぜ広島でこれほどの土砂災害が起きたのか、順を追って見ていきます。
広島土砂災害はいつ・どこで起きた?場所と発生の経緯
災害が起きたのは2014年8月20日の未明、多くの人が眠っていた午前3時すぎでした。被害が集中したのは、広島市の安佐南区の八木・緑井・山本、そして安佐北区の可部(かべ)。いずれも山のふもとに広がる住宅地です。
19日の夜から20日の明け方にかけて、ごく狭い範囲に雨雲が居座り続けました。山にしみ込みきれなくなった雨水は、無数の谷筋を一気に流れ下ります。深夜の斜面で、土石流とがけ崩れが同時多発的に発生。土砂災害の箇所は市内166か所(土石流107か所、がけ崩れ59か所)にのぼりました。眠っていた人々は、逃げる間もなく被害に巻き込まれてしまったのです。
真夜中に、住宅地のすぐ裏の山が崩れたのですね…。眠っている間の出来事だったとは、つらすぎます。
広島土砂災害の死者と被害の全体像

この災害で亡くなった方は、77人(うち災害関連死3人)。負傷者は68人にのぼりました。土石流は住宅を押し流し、あるいは土砂で埋め、家族が寝ている家をまるごとのみ込みました。被害が住宅密集地で起きたことが、人的被害を大きくした最大の要因です。
数字の一つひとつに、眠っていた家族の暮らしがありました。前ぶれの少ない深夜の土石流が、いかに残酷かを物語る被害です。
なぜ広島は土砂災害が多いのか|「まさ土」の正体

広島は、全国でもっとも土砂災害の危険箇所が多い県です。その理由は、大地の成り立ちにあります。広島の山々の多くは花崗岩(かこうがん)でできており、長い年月のあいだに雨や風で風化すると、「まさ土(まさど)」と呼ばれる、砂のようにもろい土に変わっていきます。
このまさ土は、水を含むと一気に強度を失い、さらさらと崩れ落ちる性質があります。やっかいなことに、まさ土は宅地の造成がしやすいため、山を削った斜面のすぐ下まで住宅地が広がっていました。崩れやすい地質のふもとに、人の暮らしが密集していた——この組み合わせこそ、広島に土砂災害が多く、そして被害が大きくなる根本の理由なのです。
崩れやすい土だからこそ造成しやすくて、家が増えていたのですか…。土地の性質を知っておくことが大切なのですね。
一夜に降った記録的豪雨|線状降水帯の猛威
崩れやすい地質に引き金を引いたのが、けた外れの雨でした。この夜、発達した雨雲が次々と同じ場所で発生し、列をなして流れ込む線状降水帯が発生します。安佐北区では、1時間に121ミリという観測史上最大の猛烈な雨を記録しました。
3時間の雨量は200ミリを超え、これは「数百年に一度」ともいわれる極端な集中豪雨でした。ふだんは穏やかな裏山が、わずか数時間で凶器に変わる。まさ土の斜面に、これほどの雨が短時間で叩きつけられれば、いくつもの谷が同時に崩れるのも無理はありません。地質と豪雨、二つの条件が最悪の形で重なった夜でした。
広島土砂災害の過去|1999年からの教訓
実は広島は、2014年より前にも大きな土砂災害を経験していました。1999年(平成11年)6月29日の豪雨災害です。このとき広島県では土石流やがけ崩れが多発し、31人が命を落としました。この災害が大きなきっかけとなり、2001年に土砂災害防止法が制定されます。危険な場所を「警戒区域」として指定し、住民に知らせるための法律でした。
ところが2014年、その教訓は十分には生かされていませんでした。危険な区域の指定や調査が追いついておらず、住民に危険が伝わっていなかった地域も多かったのです。同じ広島で、同じような土砂災害がくり返されてしまった。この事実は、防災の「制度をつくること」と「実際に機能させること」の間にある深い溝を、私たちに突きつけています。
2014年と2018年は別|西日本豪雨の広島土砂災害
広島の土砂災害を調べると、「2014年」と「2018年」の2つが出てきて混乱しがちです。この2つは別の災害です。2018年の被害は、西日本全体を襲った西日本豪雨(平成30年7月豪雨)によるもの。2014年が広島市北部の局地的な災害だったのに対し、2018年は広島県全域で土砂災害が多発し、県内だけで100人を超える犠牲者が出ました。
まさ土という共通の弱点を抱えた広島が、わずか4年のあいだに二度も甚大な土砂災害に見舞われた——この事実は、広島の土砂災害リスクが「一度きりの不運」ではなく、地質に根ざした構造的なものであることを示しています。だからこそ、日ごろの備えが欠かせないのです。
避難の遅れと法改正|広島土砂災害対策の進展
2014年の災害では、避難勧告の遅れが大きな問題となりました。土石流がすでに発生し始めたころにようやく避難の呼びかけが出るなど、深夜の急激な豪雨に行政の対応が追いつかなかったのです。この反省から、防災の仕組みは大きく見直されました。
2014年11月には土砂災害防止法が改正され(2015年施行)、危険箇所の調査結果を公表する義務や、警戒避難体制の強化などが盛り込まれました。あわせて、危険な場所を示す土砂災害警戒区域(イエローゾーン)・特別警戒区域(レッドゾーン)の指定も全国で進められています。被災地では砂防ダムの整備も進み、街は少しずつ安全を取り戻していきました。
広島土砂災害の現在|復興と語り継ぎ
あれから、被災地は復興の歩みを進めてきました。土石流が流れ下った渓流には砂防堰堤(さぼうえんてい)が整備され、住宅地を守る備えが強化されています。危険な区域の指定も進み、住民が自分の地域のリスクを知るための情報も充実してきました。
そして何より大切にされているのが、災害の記憶を語り継ぐことです。被災地には災害を伝える施設もつくられ、二度と同じ悲劇をくり返さないための学びの場となっています。ハードの対策と、記憶の継承。その両方が、これからの広島の安全を支えていきます。
現代への教訓・防災への学び

広島土砂災害が私たちに残した教訓は、土砂災害は「夜」と「前ぶれの少なさ」が命取りになるということです。暗くなってから、あるいは寝ている間に斜面が崩れれば、逃げるのは至難です。だからこそ、明るいうちの早めの避難と、日ごろの備えが命を分けます。近年は令和元年東日本台風など、記録的豪雨が各地でくり返されており、他人事ではありません。
- 自宅が土砂災害警戒区域に入っていないか、ハザードマップで確認する
- 裏山や斜面が近い家は、大雨のときは早めに区域の外へ避難する
- 警戒レベルや土砂災害警戒情報を確認し、暗くなる前に行動する
小さな川の増水、斜面から吹き出す水、地鳴り——土砂災害には前ぶれがあることもあります。「まさか自分の家の裏山が」と思わず、まさ土の広島だからこそ、早め早めの避難を習慣にしていきたいものです。
広島土砂災害(2014年)はどこで起きましたか?
2014年8月20日未明、広島市安佐南区(八木・緑井・山本)と安佐北区(可部)の住宅地で発生しました。山のふもとの住宅地を、同時多発の土石流とがけ崩れが襲いました。
なぜ広島は土砂災害が多いのですか?
山の多くが花崗岩でできており、風化して「まさ土」という崩れやすい土になっているためです。水を含むともろく崩れるうえ、造成しやすいため山裾まで住宅地が広がり、被害が大きくなります。広島県は土砂災害の危険箇所が全国最多です。
2014年と2018年の広島土砂災害は同じですか?
別の災害です。2014年は広島市北部(安佐南区・安佐北区)の局地的な土砂災害で死者77人。2018年は西日本豪雨によるもので、広島県全域で土砂災害が多発し、県内で100人を超える犠牲者が出ました。
まとめ|広島土砂災害が残したもの
広島土砂災害(2014年)は、記録的な豪雨とまさ土の地質が重なり、深夜の住宅地を襲って77人の命を奪った災害でした。全国最多の土砂災害リスクを抱える広島で、1999年に続いてくり返された悲劇。避難の遅れという反省は、法改正や砂防対策へとつながっていきました。
崩れやすい大地に暮らすということ。それは、日ごろからリスクを知り、早めに逃げる備えを持つということでもあります。ハザードマップの確認と、暗くなる前の避難。広島土砂災害の教訓を、今日の一歩に変えていきましょう。