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ゆずき
地球の歴史に興味をもっております。さまざまな過去地球で起きた天変地異を紹介
噴火によって、海に浮かぶ島が陸続きになってしまった——そんな信じがたい出来事が、20世紀の日本で起きました。桜島大正噴火です。1914年(大正3年)1月12日に始まったこの噴火は、噴き出した溶岩や軽石・火山灰の量が富士山の宝永噴火の約3倍という、20世紀の日本で最大規模のものでした。流れ出た溶岩は海峡を埋め、桜島を大隅半島とつなげてしまったのです。死者は58人を数えました。 桜島大正噴火とは?20世紀日本最大の噴火 桜島大正噴火は、1914年1月12日に鹿児島湾に浮かぶ火山島・桜島で発生した大噴火です。噴 ...
「鬼界カルデラが噴火したら、日本は終わる」——SNSでそんな言葉を見て、不安になっていませんか。先に結論をお伝えします。過度に怖がる必要はありません。ただ、目を背けるのも違う。約7,300年前、この鹿児島沖の海底火山は完新世(過去およそ1万年)で世界最大級の噴火を起こし、海を越えた火砕流が南九州の縄文文化を消し去りました。では、いま噴火したら何が起きるのか。被害・津波・“いつ”を、最新研究をもとに「分かっていること」と「まだ分からないこと」に分けて整理します。 鬼界カルデラが噴火したらどうなる?まず結論か ...
恐竜の時代を終わらせた、たった一発の衝突。それが約6600万年前、メキシコのユカタン半島を襲った「チクシュルーブ隕石衝突」です。直径10kmを超える小惑星が秒速約20kmで突入し、差し渡し約160kmという途方もないクレーターを刻みました。ところが——現地へ行っても、巨大な穴はどこにも見当たりません。クレーターは地下と海の底に埋もれているからです。写真の正体、本当の大きさ、マグニチュード、そして“今どうなっているのか”まで、この記事でまるごと整理します。 チクシュルーブ隕石衝突とは?6600万年前、恐竜時 ...
「この程度の揺れなら大丈夫」——そう思った人々を、その夜、高さ38mの津波が襲いました。明治三陸地震津波です。1896年(明治29年)6月15日の夜に発生したこの地震は、マグニチュード8.2〜8.5の巨大地震でありながら、陸地の揺れは震度2〜3ほどと弱いものでした。それなのに津波だけが桁外れに大きく、死者は約2万2千人。日本の津波災害史上、最悪の犠牲者数です。 明治三陸地震津波とは?揺れの弱い「津波地震」 明治三陸地震津波は、1896年6月15日午後7時半すぎに、三陸沖を震源として発生した地震とその津波で ...
津波が迫る夜、一人の男が、刈り取ったばかりの自分の稲の束に火を放ちました。逃げ道を照らし、村人を高台へ導くために——。これは稲むらの火として知られる、安政南海地震の実話です。1854年、東海地震と南海地震がわずか32時間のうちに連続して発生しました。いずれもマグニチュード8.4と推定される南海トラフの巨大地震で、東海から四国までを津波が襲いました。 安政東海地震・南海地震とは?32時間で連続した巨大地震 安政東海地震は、1854年12月23日の朝に発生した、マグニチュード8.4と推定される巨大地震です。駿 ...
地球の裏側で起きた火山の噴火が、東北の村々を飢えさせた——そんな出来事が、江戸時代に実際にありました。天明の大飢饉です。1782年から数年にわたり、浅間山の噴火やアイスランドの火山噴火が重なって世界的な冷害が起き、各地で米が実りませんでした。餓死者は弘前藩だけで数万人、全国では数十万人にのぼったとも伝えられます。江戸時代最大級の飢饉でした。 天明の大飢饉とは?江戸三大飢饉の一つ 天明の大飢饉は、天明年間(1781〜1789年)に起きた大規模な飢饉です。とくに被害が深刻だったのは1782年から1788年ごろ ...
時速100kmを超える速さで、数百度の高温のかたまりが山を駆け下りる——それが火砕流です。1991年6月3日、長崎県の雲仙普賢岳で大規模な火砕流が発生し、43人が亡くなり、または行方不明となりました。犠牲者には消防団員や警察官、報道関係者、そして火山学者も含まれていました。火砕流の恐ろしさと、災害取材のあり方を日本に問いかけた出来事です。 雲仙普賢岳の噴火とは?198年ぶりの火山活動 雲仙普賢岳は、長崎県の島原半島にある火山です。1990年11月、およそ198年ぶりに噴火活動を再開しました。前回の活動は江 ...
ある朝、田んぼの真ん中に高さ6メートルの崖が突然出現した——そんな信じがたい光景を残したのが濃尾地震です。1891年(明治24年)10月28日午前6時38分、岐阜・愛知を中心にマグニチュード8.0の地震が発生しました。海ではなく陸の真下で起きた内陸直下型地震としては日本最大で、死者は7,273人。日本の地震研究は、この災害から本格的に始まりました。 濃尾地震とは?日本最大の内陸直下型地震 濃尾地震は、1891年10月28日の早朝に発生した地震です。「濃尾」とは、被害が集中した美濃(岐阜県)と尾張(愛知県) ...
台風による犠牲者の数として、明治以降で最悪——それが伊勢湾台風です。1959年9月26日、紀伊半島の潮岬付近に中心気圧929.5hPaという猛烈な勢力で上陸し、名古屋港では高さ3.89mの高潮を記録しました。死者・行方不明者は5,098人。被害を決定的にしたのは、暴風でも豪雨でもなく、海から押し寄せた高潮でした。 伊勢湾台風とは?戦後最悪の被害を出した台風 伊勢湾台風は、1959年(昭和34年)9月26日に日本に上陸した大型で非常に強い台風です。和歌山県の潮岬付近に上陸したときの中心気圧は929.5hPa ...
日本の観測史上、最大の地震。2011年3月11日午後2時46分、東北地方の沖合で発生したマグニチュード9.0の巨大地震は、宮城県栗原市で震度7を記録し、東北から関東の太平洋沿岸に高さ十数メートルの津波を押し寄せました。死者・行方不明者は1万8,000人を超え、避難生活などで亡くなった方を含めると2万2,000人以上。東日本大震災です。私たちの防災と暮らしを、根底から問い直すことになった災害でした。 東日本大震災とは?観測史上最大M9.0の地震 東日本大震災は、2011年3月11日午後2時46分に発生した東 ...