出発したのは210名。生きて帰れたのは、わずか11名でした。1902年(明治35年)1月、青森の陸軍歩兵第5連隊が八甲田山麓の雪中行軍で記録的な寒波に飲み込まれ、199名が凍死する惨事が起きました。近代の山岳遭難として世界最大級とされる「八甲田雪中行軍遭難事件」です。しかも同じ冬の八甲田を、別の部隊は一人も欠けずに踏破していました。何が2つの部隊の運命を分けたのか。この記事で、事件の全体像から映画と史実の違いまで、わかりやすく解説します。 八甲田雪中行軍遭難事件とは?まずわかりやすく全体像から まず前提か ...