ゆずき

地球の歴史に興味をもっております。さまざまな過去地球で起きた天変地異を紹介

タンボラ噴火 アイキャッチ

タンボラ噴火とは|「夏のない年」を生んだ人類史上最大級VEI7の大噴火

1816年、世界は「夏のない年」を経験しました。6月に雪が降り、作物は実らず、各地で飢饉が起きたのです。その引き金が、前年1815年にインドネシアのタンボラ山で起きた大噴火でした。火山爆発指数VEI7、人類の記録に残るなかで最大級の噴火です。直接の被害とその後の飢饉・疫病で、7万〜12万人以上が亡くなったとされます。ひとつの火山が、地球全体の気候を変えてしまった——その驚くべき出来事を見ていきます。 タンボラ噴火とは|人類史上最大級のVEI7の大噴火 タンボラ噴火は、1815年4月にインドネシア・スンバワ ...

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天保の大飢饉とは|数十万人を奪い「大塩平八郎の乱」を招いた江戸最後の大飢饉

天保の大飢饉は、1833年(天保4年)から1839年ごろまで日本を襲った大飢饉です。長雨と冷害による大凶作が原因で、とくに東北では収穫がほとんどない土地もありました。餓死や疫病による死者は全国で20万〜30万人に達したとされ、追いつめられた人々の不満は、ついに大塩平八郎の乱という幕府への反乱にまで発展します。享保・天明と続いた「江戸三大飢饉」の、最後にして時代を揺るがした飢饉でした。 天保の大飢饉とは|江戸三大飢饉の最後の悲劇 天保の大飢饉は、江戸時代後期の天保年間に起きた全国的な飢饉です。1833年に始 ...

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貞観地震とは|東日本大震災の「1142年前の先例」とされる平安の超巨大地震

2011年の東日本大震災のあと、ある平安時代の地震に注目が集まりました。貞観地震(じょうがんじしん)です。869年(貞観11年)に三陸沖で起きた推定マグニチュード8.3〜8.6の超巨大地震で、押し寄せた津波は多賀城を襲い、約1,000人が溺れ死んだと古い記録に残ります。その津波の到達範囲は、1142年後の東日本大震災とよく似ていました。歴史は、すでに警告していたのです。 貞観地震とは|平安時代に三陸沖を襲った超巨大地震 貞観地震は、平安時代前期の869年7月(貞観11年5月)に、三陸沖を震源として発生した ...

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室戸台風とは|上陸気圧911hPa・死者3000人を出した「観測史上最強クラス」の真実

1934年9月21日の朝、高知県の室戸岬に上陸した台風の中心気圧は911hPa。これは上陸時の記録として、90年たった今も日本で破られていません。室戸台風は全国で死者・行方不明3,036人を出した、観測史上最強クラスの台風です。その猛烈な風と高潮が、なぜこれほどの犠牲を生んだのか。順番にたどっていきます。 室戸台風とは|半日で日本を駆け抜けた「化け物」 室戸台風は、昭和9年(1934年)9月21日の早朝に高知県・室戸岬へ上陸した大型で猛烈な台風です。上陸時の中心気圧911hPaは、当時の観測機器をふり切る ...

昭和三陸地震とは|深夜の三陸を襲った大津波と田老の悲劇

昭和三陸地震とは|深夜の三陸を襲った大津波と田老の悲劇

揺れは、それほど激しくありませんでした。だからこそ、悲劇は深まったのです。1933年3月3日の午前2時半すぎ、人々が寝静まる深夜に発生した昭和三陸地震。マグニチュードは8.1にもかかわらず、内陸で感じた揺れは震度5ほど。「この程度なら」と油断したわずか30分後、最大28.7メートルの大津波が三陸沿岸をのみ込みました。死者・行方不明者は3,064人。その37年前にも、同じ海岸は大津波に襲われていたのです。 昭和三陸地震とは?深夜の三陸を襲ったM8.1 昭和三陸地震は、1933年(昭和8年)3月3日の午前2時 ...

北海道南西沖地震とは|奥尻島を5分で襲った津波と青苗の火災

北海道南西沖地震とは|奥尻島を5分で襲った津波と青苗の火災

逃げる時間は、ほとんど残されていませんでした。1993年7月12日の夜、北海道の奥尻島を襲った津波は、地震の揺れがおさまる間もなく押し寄せたのです。北海道南西沖地震はマグニチュード7.8。震源が島のすぐ近くだったため、第一波は地震発生からわずか2〜3分で来襲しました。気象台が大津波警報を出したのは5分後。警報より津波のほうが速かったのです。死者・行方不明者は229人。津波に加えて火災までが島を焼いた、二重の惨禍でした。 北海道南西沖地震とは?奥尻島を襲ったM7.8 北海道南西沖地震は、1993年7月12日 ...

スマトラ島沖地震とは|23万人を奪ったインド洋大津波と東日本大震災の先例

スマトラ島沖地震とは|23万人を奪ったインド洋大津波と東日本大震災の先例

クリスマスの翌日、穏やかなリゾートの海岸が、一瞬にして地獄に変わりました。2004年12月26日、インドネシア・スマトラ島の沖で発生したマグニチュード9.1の巨大地震。その津波は、わずか数時間でインド洋を横断し、14か国の海岸を飲み込みます。犠牲者は約23万人——津波災害として、観測史上最悪の数です。警報のしくみが整っていなかったこの悲劇は、7年後の東日本大震災の、重い「先例」でもありました。 スマトラ島沖地震とは?観測史上最悪の津波災害 スマトラ島沖地震は、2004年12月26日の朝、インドネシア・スマ ...

日本海中部地震とは|「日本海に津波は来ない」を覆した104人の悲劇

日本海中部地震とは|「日本海に津波は来ない」を覆した104人の悲劇

「日本海側に、大きな津波は来ない」。当時、多くの人がそう信じていました。その思い込みを、最悪のかたちで覆したのが、1983年5月26日の日本海中部地震です。秋田県沖で発生したマグニチュード7.7の地震は、わずか数分で日本海沿岸に津波を到達させました。死者は104人。そのうち100人が津波の犠牲です。遠足に来ていた小学生までもが波にのまれた、痛ましい災害でした。 日本海中部地震とは?秋田沖を襲ったM7.7 日本海中部地震は、1983年5月26日の正午前、秋田県の男鹿半島沖の日本海で発生した地震です。規模はマ ...

ハリケーン・カトリーナとは|堤防決壊でニューオーリンズ8割が水没した米最悪の災害

ハリケーン・カトリーナとは|堤防決壊でニューオーリンズ8割が水没した米最悪の災害

ハリケーンが過ぎ去って、人々が「助かった」と胸をなで下ろした後で、本当の悲劇が始まりました。2005年8月、アメリカ南部を襲ったハリケーン・カトリーナ。最大の被害を出したのは、暴風そのものではなく、街を守るはずの堤防の決壊でした。ニューオーリンズの約8割が水没し、死者は1,800人を超えます。被害額は約1,350億ドルにのぼり、アメリカ史上最悪の自然災害となりました。「防げたはずの被害」が問われた、人災の側面をもつ災害です。 ハリケーン・カトリーナとは?米史上最悪の高潮災害 カトリーナは、2005年8月に ...

アラスカ地震(1964)とは|北米史上最大M9.2・大地が液体になった日

アラスカ地震(1964)とは|北米史上最大M9.2・大地が液体になった日

固いはずの大地が、まるで液体のようにうねり、街がそのまま海へ滑り落ちていく——。1964年3月27日、アメリカ・アラスカ州を襲ったマグニチュード9.2の巨大地震は、北米観測史上で最大、世界でもチリ地震(M9.5)に次ぐ規模でした。揺れと津波による死者は131人。そのうち多くが、地震後に太平洋を渡った津波の犠牲です。「聖金曜日地震」とも呼ばれるこの災害が見せたのは、地震の揺れそのものを上回る、地すべり・液状化・津波という二次災害の恐ろしさでした。 アラスカ地震とは?北米史上最大のM9.2 アラスカ地震は、1 ...