地面はまったく揺れていないのに、ある朝突然、津波だけが日本を襲った——。1960年、地球の反対側のチリで起きたマグニチュード9.5の地震は、観測史上最大の地震です。その津波は太平洋を約22時間半かけて横断し、5月24日の未明、日本の三陸海岸などに押し寄せました。日本での死者・行方不明者は142人。揺れを伴わずに襲ってくる「遠地津波」の恐ろしさを、日本に刻んだ災害です。
チリ地震とは?観測史上最大のM9.5
チリ地震は、1960年5月22日(日本時間23日)に南米チリのバルディビア近海で発生した巨大地震です。その規模はモーメントマグニチュード9.5。これは、近代的な観測が始まって以来、世界で最も大きな地震として記録されています。
東日本大震災がM9.0だったことを思えば、M9.5がいかに桁外れかが分かります。マグニチュードは0.5違うだけでも、エネルギーは約6倍。プレートの境界が南北1,000kmにわたってずれ動いたとされ、地球そのものがわずかに振動したともいわれるほどのスケールでした。
補足しますと、M9.5は東日本大震災(M9.0)の約6倍のエネルギーです。これを超える地震は、今なお観測されていないのですよ。
チリ地震の被害|チリを襲った揺れと津波
震源に近いチリでは、甚大な被害が出ました。激しい揺れと津波、地すべりによって街々が壊滅し、犠牲者は約1,000〜数千人(後の集計では1,600人前後とされます)にのぼりました。家を失った人は200万人を超えたとも伝えられます。
さらに地震の2日後には、近くのコルドン・カウジェ火山が噴火を始めました。巨大地震が火山活動の引き金になりうることを示す例でもあります。地震・津波・地すべり・噴火が連鎖した、まさに天変地異というべき災害でした。しかし、この地震の影響はチリだけでは終わりませんでした。
えっ、地震のあとに火山まで噴火を…?災害が次々と連鎖したのですね。
津波はなぜ日本へ?太平洋を渡った22時間

チリ地震が日本にとって忘れられない災害になったのは、その津波が太平洋を横断してきたからです。震源で生まれた津波は、深い外洋ではジェット機並みの速さで進みます。チリ沖を発した波は、まず約15時間でハワイに達し、そこからさらに進んで、約22時間半後に日本へ到達しました。
津波は、遠く離れても勢いをあまり失いません。地球の反対側で起きた地震の波が、丸一日近くかけて日本の沿岸を襲う。これを遠地津波と呼びます。海でつながっている限り、津波は国境も大洋も越えて届く——その事実を、チリ地震は世界に知らしめました。下の図で、その壮大な道のりをたどってみてください。
日本を襲った遠地津波|三陸の悲劇

5月24日の未明、日本の太平洋沿岸を津波が襲いました。とくに被害が集中したのが、たびたび津波に見舞われてきた三陸海岸です。津波の高さは最大で約6メートルに達し、岩手県の大船渡などで多くの命と家が失われました。北海道から沖縄まで、被害は広い範囲に及びます。
最も恐ろしかったのは、日本では地震の揺れがまったく感じられなかったことです。当時、地球の裏側の地震による津波が来るとは誰も予想できず、警報も間に合いませんでした。「揺れていないのだから安全だ」という油断のなかへ、津波は静かに、しかし容赦なく押し寄せたのです。日本での犠牲者は142人にのぼりました。
揺れもなく、警報もないまま津波が…避けようがなかったのですね。
チリ地震が変えた津波防災|遠地津波への備え
多くの犠牲を出したチリ地震津波は、日本の津波防災を大きく前進させるきっかけになりました。「遠くの地震でも、津波は時間差で必ず来る」。この教訓から、太平洋の国々が津波の情報を共有し、外国の地震による津波を予測・警告する遠地津波の警報体制が整えられていきます。
いまでは、海外で大きな地震が起きると、気象庁が日本への津波の有無や到達予想時刻を発表します。地球の裏側の揺れであっても、私たちは前もって備えられるようになったのです。チリ地震の犠牲は、太平洋全体を見張る防災のしくみへと結実しました。
チリ地震が現代に残す教訓・防災への学び
チリ地震が遺した教訓は、津波に対する私たちの思い込みを正してくれます。津波は、自分の足元が揺れなくても襲ってくること。そして、海外の地震でも津波警報が出たら、それは「本物」だということです。揺れの有無で油断せず、警報に従って避難することが命を守ります。
- 揺れを感じなくても、津波警報・注意報が出たら直ちに高台へ避難する
- 海外の巨大地震のニュースを見たら、日本への遠地津波情報も確認する
- 津波は第一波が最大とは限らない。警報解除まで海に近づかない
地球の反対側で起きた災害が、丸一日後に自分の町を襲う。チリ地震は、私たちが海でひとつにつながっていることを、厳しい形で教えました。この経験から生まれた警報のしくみを信じ、活かすこと。それが、遠地津波から命を守る確かな一歩です。
チリ地震(1960年)はどれくらいの規模でしたか?
モーメントマグニチュード9.5で、近代的な観測史上で世界最大の地震です。1960年5月22日にチリのバルディビア近海で発生し、東日本大震災(M9.0)の約6倍のエネルギーがありました。
なぜチリの地震で日本に津波が来たのですか?
津波は外洋を高速で進み、遠く離れても勢いをあまり失わないためです。チリ沖で生まれた津波は太平洋を横断し、約15時間でハワイ、約22時間半後に日本へ到達しました。これを遠地津波と呼びます。
チリ地震津波の日本での死者数は?
142人(諸説あり)の死者・行方不明者が出ました。三陸海岸を中心に最大約6メートルの津波が襲い、地震の揺れを感じないまま被害を受けたことが特徴です。
まとめ|チリ地震が教えた「海でつながる津波」
チリ地震は、観測史上最大のM9.5を記録し、その津波が太平洋を約22時間半かけて横断して日本を襲った、稀有な災害でした。揺れを感じないまま142人の命が奪われた三陸の悲劇は、「遠地津波」という脅威をはっきりと示しています。地震・津波・噴火が連鎖した、地球規模のスケールの出来事でした。
この災害から、海外の地震による津波を予測する警報のしくみが生まれました。揺れがなくても、警報が出たら逃げる。海でつながる私たちにとって、チリ地震の教訓は今も生きています。同じ三陸を襲った津波や、巨大地震の記事も、あわせてご覧ください。