スペインかぜとは|世界5000万人・日本45万人を奪った史上最悪のインフルエンザ

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スペインかぜとは|世界5000万人・日本45万人を奪った史上最悪のインフルエンザ

第一次世界大戦が終わろうとする1918年、戦争よりも多くの命を奪った「見えない敵」が地球をひと巡りしました。スペインかぜです。正体はインフルエンザ。世界で推計5,000万人(一説に1億人とも)、日本でも約39万〜45万人が亡くなったとされる、人類史上最悪のパンデミックでした。しかも犠牲の多くが、本来なら病に強いはずの若者だったのです。

スペインかぜとは?世界を覆った史上最悪のインフルエンザ

スペインかぜは、1918年から1920年ごろにかけて世界中で大流行したインフルエンザです。当時の世界人口の3割近くが感染したともいわれ、その猛威は地球の隅々にまで及びました。死者数の推計には幅があり、長く5,000万人とされてきましたが、近年は約1,740万人とする研究もあれば、1億人に達するという見方もあります。

流行を世界規模へ押し広げた背景には、第一次世界大戦がありました。兵士たちが密集した陣地で暮らし、船や鉄道で大陸を越えて移動する。人とウイルスが、かつてない速さと規模で行き交ったのです。戦争の影で広がった病は、やがて戦死者の数をはるかに超える犠牲を生むことになりました。

えっ、戦争で亡くなった人より、かぜで亡くなった人のほうが多かったのですか…?

スペインかぜの被害|世界で5000万人・日本で45万人

スペインかぜの被害|世界で5000万人・日本で45万人

日本も、この大流行と無縁ではいられませんでした。当時の人口およそ5,500万人に対し、感染者は約2,380万人。じつに国民の4割以上が感染した計算になります。死者は、内務省の統計で約39万人。結核や気管支炎として処理された分まで含めると、約45万人にのぼるという推計もあります。

町からは人影が消え、学校や工場は次々と休みに追い込まれました。医療は感染者であふれ、薬も病床も足りません。当時はウイルスの存在すら十分に知られておらず、有効な治療法もなかったのです。数字の一つひとつに、ある日突然家族を失った人々の悲しみがある。その重さを、忘れずに振り返りたいものです。

悲しい

国民の4割以上が感染…薬も治療法もないなかで、どれほど不安だったでしょう。

スペインかぜはなぜ「スペイン」と呼ばれた?名前の意外な由来

じつは、スペインかぜはスペインで生まれたわけではありません。それなのにこの名がついたのには、戦争ならではの事情がありました。第一次世界大戦の参戦国は、兵士の士気が下がるのを恐れ、自国での感染拡大を報道で伏せていたのです。被害を語らなければ、世間には流行が「無いこと」になります。

ところが、戦争に加わっていなかった中立国のスペインは、流行の様子を包み隠さず報じました。国王アルフォンソ13世が感染したことも大きく伝えられます。すると各国の人々は、「スペインで大変な病気が流行している」と受け取ってしまった。発生源ではないのに名前だけが残るという、なんとも気の毒な行き違いでした。実際の出どころはアメリカの軍施設という説が有力です。

タイガ

補足しますと、情報を隠したい国と、正直に報じた国。その差が、病の名前として歴史に刻まれてしまったわけですね。

若者を襲った異常さ|スペインかぜの恐ろしい特徴

若者を襲った異常さ|スペインかぜの恐ろしい特徴

スペインかぜには、ふつうのインフルエンザとは決定的に違う、不気味な特徴がありました。通常、インフルエンザで命を落としやすいのは、体力の弱い高齢者と乳幼児です。ところがスペインかぜは、20〜40代の働き盛りの若者を数多く死に追いやりました。下の図のように、年齢ごとの死亡率を線で結ぶと、若者のところに不気味な「山」ができるのです。

原因の一つとして指摘されているのが、免疫の過剰な反応です。体力のある若者ほど免疫が強く働き、かえって自分の肺を傷つけてしまった——そう考える研究があります。健康な人が、健康であるがゆえに重症化する。致死率も通常のインフルエンザをはるかに上回りました。日本でも、劇作家の島村抱月や東京駅を設計した建築家の辰野金吾といった人々が、この病に倒れています。

日本を襲った流行の波|マスクとうがいの始まり

日本でのスペインかぜは、一度きりではなく波のようにくり返し襲ってきました。1918年秋からの「前流行」で多くの患者が出たあと、いったん落ち着いたかに見えて、1919年秋からの「後流行」が再びやってきます。しかも後流行は、患者数こそ減ったのに致死率が跳ね上がるという、たちの悪いものでした。

有効な薬がないなか、人々が頼ったのは原始的だけれど確かな方法でした。マスクの着用、うがい、人混みを避けること。当時のポスターには「マスクをかけぬ命知らず」といった標語も登場します。今の私たちがパンデミックで実践したことの多くは、すでに100年前の日本で呼びかけられていたのです。先人の経験は、決して無駄にはなっていません。

スペインかぜの教訓・パンデミックへの学び

スペインかぜが残した教訓は、近年のパンデミックを経験した私たちに、痛いほど響きます。人とモノの行き来が活発なほど、感染症は速く広がること。情報を隠すことが、かえって被害を大きくすること。そして、マスクや手洗いといった地道な対策こそが、流行のなかで命を守る基本になること。

  • 感染症は「波」でくり返す。一度収まっても油断せず、次の流行に備える
  • 正確な情報を共有することが、被害を最小限に抑える第一歩になる
  • マスク・手洗い・人混みを避けるという基本が、いつの時代も命を守る

100年前の人々は、ウイルスの正体も分からないまま、それでも知恵をしぼって病と闘いました。その経験の延長線上に、今の医療や公衆衛生があります。過去の災厄から学ぶことは、未来の被害を減らす力になる。スペインかぜは、そのことを静かに教えてくれています。

スペインかぜとは何ですか?

1918年から1920年ごろに世界中で大流行したインフルエンザです。世界で推計5,000万人(諸説あり)、日本でも約39万〜45万人が亡くなったとされ、人類史上最悪のパンデミックと呼ばれます。

なぜ「スペインかぜ」と呼ばれるのですか?

第一次世界大戦の参戦国が感染を報道で伏せるなか、中立国スペインが流行を率直に報じたためです。スペインが発生源と誤解されただけで、実際の出どころはアメリカの軍施設とする説が有力です。

スペインかぜはなぜ若者の犠牲が多かったのですか?

通常のインフルエンザと違い、20〜40代の働き盛りに多くの死者が出ました。体力のある若者ほど免疫が過剰に反応し、自らの肺を傷つけて重症化したためと考える研究があります。

まとめ|スペインかぜが歴史に残したもの

スペインかぜは、第一次世界大戦の影で世界に広がり、推計5,000万人、日本でも約39万〜45万人もの命を奪った、史上最悪のインフルエンザでした。働き盛りの若者を襲う異常さ、報道管制が生んだ名前の由来、そしてくり返す流行の波。災厄の特徴のいくつもが、ここに刻まれています。

感染症の速さ、情報の大切さ、そしてマスクや手洗いという知恵。スペインかぜが遺した教訓は、現代を生きる私たちにも数多くあります。歴史をくり返さないために、過去のパンデミックから学ぶこと。世界の災害史にも、ぜひ目を向けてみてください。

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