アラスカ地震(1964)とは|北米史上最大M9.2・大地が液体になった日

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アラスカ地震(1964)とは|北米史上最大M9.2・大地が液体になった日

固いはずの大地が、まるで液体のようにうねり、街がそのまま海へ滑り落ちていく——。1964年3月27日、アメリカ・アラスカ州を襲ったマグニチュード9.2の巨大地震は、北米観測史上で最大、世界でもチリ地震(M9.5)に次ぐ規模でした。揺れと津波による死者は131人。そのうち多くが、地震後に太平洋を渡った津波の犠牲です。「聖金曜日地震」とも呼ばれるこの災害が見せたのは、地震の揺れそのものを上回る、地すべり・液状化・津波という二次災害の恐ろしさでした。

アラスカ地震とは?北米史上最大のM9.2

アラスカ地震は、1964年3月27日の夕方、アラスカ州南部のプリンス・ウィリアム湾の地下で発生しました。震源の深さは約25km、規模はモーメントマグニチュード9.2。これは、近代的な観測が始まって以来、北米で最大の地震です。

揺れは約4分半も続いたとされ、はるか1,900kmあまり離れたシアトルの塔が揺れたと伝わります。キリスト教の聖金曜日(グッドフライデー)に起きたことから、英語圏では「Good Friday Earthquake」と呼ばれてきました。プレートの境界が大きくずれ動いた、典型的な海溝型の巨大地震です。東日本大震災がM9.0だったことを思えば、その桁外れの大きさが分かります。

タイガ

補足しますと、M9.2は東日本大震災(M9.0)の約2倍のエネルギーです。揺れが4分以上も続いた、まさに桁外れの地震だったのですよ。

アンカレジを襲った地すべりと液状化

アンカレジを襲った地すべりと液状化

最大の都市アンカレジでは、揺れそのものよりも地すべりが街を破壊しました。長く激しい揺れで地盤がもろくなり、丘ごと地面が海に向かって滑り出したのです。とくにターナゲイン・ハイツという住宅地では、土地が大きく崩れ、約75戸の家が斜面ごと海へ運ばれてしまいました。

商業地区では、地面が約2.7メートル(9フィート)も陥没しました。背景にあったのが液状化という現象です。水を含んだ砂の地盤が、強い揺れで突然どろどろの液体のようにふるまい、その上の建物や土地を支えられなくなる。固い地面が一瞬で足場を失う——その仕組みは、のちほど図で詳しく見ていきます。

家が斜面ごと海へ…?地面が滑り落ちるなんて、想像するだけで足がすくみますね。

命を奪った津波|太平洋を渡った波

131人の犠牲者のうち、大半は津波によるものでした。海底が大きく動いたことで巨大な津波が生まれ、アラスカ湾の入り江では最大で遡上高約67メートルにも達したと記録されています。沿岸の港町は、揺れがおさまる間もなく波にのまれました。

津波はアラスカにとどまらず、太平洋を南下します。アメリカ西海岸のカリフォルニア州で13人、オレゴン州で5人が犠牲となり、はるか日本の太平洋沿岸にも小さな津波が届きました。震源から遠く離れても勢いを失わない遠地津波の脅威は、その4年前のチリ地震に続いて、太平洋を取り巻く国々に重く刻まれたのです。

悲しい

遠く離れたカリフォルニアやオレゴンでも犠牲が…。津波は本当に、海でつながった場所すべてに届くのですね。

なぜ地面は液体になったのか|液状化のしくみ

なぜ地面は液体になったのか|液状化のしくみ

アラスカ地震の被害を象徴する液状化は、私たちの足元でも起こりうる現象です。水を多く含んだ砂の地盤は、ふだんは砂粒どうしがかみ合って建物を支えています。ところが、強くて長い揺れを受けると、このかみ合わせが崩れてしまうのです。

砂粒の隙間の水が圧力で押し上げられ、砂が水に浮いたような状態になります。すると地盤は一時的に液体のようにふるまい、建物が傾いたり沈んだり、地中の管が浮き上がったりします。下の図で、そのしくみを見てみてください。これは遠い国だけの話ではなく、埋め立て地や川沿いの砂地など、日本の都市にも液状化しやすい場所は数多くあります。アラスカが見せた光景は、私たちへの警告でもあるのです。

アラスカ地震が変えた津波防災|現代への教訓と学び

アラスカ地震は、アメリカの地震・津波防災を大きく前進させました。この災害をきっかけに、太平洋沿岸の津波を監視・警報する体制が強化され、地盤の液状化や地すべりに関する研究も大きく進みます。多くの犠牲が、その後の科学と防災の土台になったのです。

  • 巨大地震の揺れは数分続くことがある。おさまるまで頭を守り、あわてて動かない
  • 海外の巨大地震でも、太平洋を越えて津波が届く。警報が出たら高台へ
  • 自宅が埋め立て地・砂地・川沿いなら、液状化のリスクをハザードマップで確認する

大地は固く、動かないもの——その思い込みを、アラスカ地震は根底から覆しました。地面が液体になり、街が海へ滑り、津波が大洋を渡る。この経験から生まれた津波警報のしくみと地盤の知識は、いまも世界中の防災に生きています。揺れの大きさだけでなく、その後に続く二次災害にこそ目を向けること。それが、この巨大地震が残した最も大切な学びです。

アラスカ地震(1964年)はどれくらいの規模でしたか?

モーメントマグニチュード9.2で、北米の観測史上で最大、世界でもチリ地震(M9.5)に次ぐ規模です。1964年3月27日にアラスカ州のプリンス・ウィリアム湾で発生し、揺れは約4分半続きました。

アラスカ地震の死者数と主な原因は?

死者は131人で、その大半が津波によるものです。アラスカで106人、カリフォルニアで13人、オレゴンで5人が犠牲となり、揺れによる地すべりや液状化も大きな被害をもたらしました。

液状化とはどんな現象ですか?

水を含んだ砂の地盤が、強い揺れで砂粒のかみ合わせを失い、一時的に液体のようにふるまう現象です。建物が傾いたり沈んだりします。埋め立て地や川沿いの砂地で起きやすく、日本の都市にもリスクのある場所が多くあります。

まとめ|アラスカ地震が見せた「大地の裏切り」

アラスカ地震は、北米史上最大のM9.2を記録し、地すべり・液状化・津波という二次災害によって131人の命を奪った巨大地震でした。街が海へ滑り落ち、地面が液体になり、津波が太平洋を渡って西海岸や日本にまで届く。揺れの大きさだけでは語れない、災害の連鎖が刻まれています。

この災害から、津波警報のしくみと地盤の科学が大きく前進しました。固い大地も、巨大地震の前では姿を変える。アラスカ地震の教訓は、海でつながり、同じ地盤の上に暮らす私たちにも、確かに通じています。同じ太平洋を渡った津波の記事も、あわせてご覧ください。

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