ロープウェーで火口のすぐそばまで近づける、観光名所の火山——。熊本県の阿蘇山は、いまも噴煙を上げ続ける日本有数の活火山です。1958年6月24日、中岳の突然の噴火では、直径50cmにもなる噴石が降りそそぎ、12人が亡くなりました。世界最大級のカルデラを抱え、その内側で数万人が暮らす。恵みと危険が背中合わせの、特別な山なのです。
阿蘇山噴火とは?今も噴煙を上げる世界最大級の火山
阿蘇山とは、じつは一つの山の名前ではありません。巨大なカルデラ(噴火でできた大きなくぼ地)と、その中央にそびえる火口丘の集まりをまとめた呼び名です。なかでも今も活発に活動を続けているのが中岳(なかだけ)。山頂には複数の火口が口を開け、白い噴煙とエメラルド色の火口湖をのぞかせています。
その大きさは群を抜いています。カルデラは南北およそ25km、東西およそ18km。これは世界でも最大級の規模で、内側に町や田畑、鉄道や国道までを丸ごと抱えています。火口の近くまで道路やロープウェーで上がれる、世界でも珍しい「観光できる活火山」。だからこそ、噴火は人々の暮らしや観光と、つねに隣り合わせなのです。
えっ、火口のすぐそばまで行けるのですか…?それはちょっと、怖い気もしますね。
阿蘇山噴火の悲劇|1958年・観光地を襲った火山弾

その怖さが、現実になった夜があります。1958年(昭和33年)6月24日の午後10時すぎ、中岳の第一火口が突然、激しく噴火しました。真っ赤に焼けた噴石が夜空に噴き上がり、火口の西側にあったロープウェー駅のまわりへ、雨のように降りそそぎます。大きいものは直径約50cm。コンクリートを砕き、屋根を貫くほどの威力でした。
この噴火で12人が亡くなり、28人が負傷しました。犠牲になったのは、開業まもないロープウェー関係の作業員らです。前ぶれの乏しいまま噴き上がった火山弾の前では、逃げる時間はほとんどありませんでした。にぎわう観光地が、一瞬で惨劇の場に変わってしまった。火口に近づけることの便利さと危うさを、この災害は突きつけています。
逃げる間もなく噴石が降ってくるなんて…亡くなった方を思うと、胸が痛みます。
阿蘇山の噴火はなぜ繰り返す?1979年から2021年まで
阿蘇山の噴火は、1958年で終わりではありませんでした。1979年9月には中岳がふたたび噴火し、火口東側で3人が亡くなり、多くの人が負傷しています。やはり、火口を訪れた人々が巻き込まれる形でした。中岳は、数年から十数年に一度のペースで活動を活発化させる、生きている火山なのです。
記憶に新しいところでは、2016年10月8日に噴煙が高さ約11,000mまで立ちのぼる爆発的な噴火が発生しました。じつに36年ぶりの規模です。2021年10月には、火砕流が西の草千里方面へ約1.3km流れ下りました。いずれも噴火警戒レベルが引き上げられ、火口周辺は立ち入り規制に。阿蘇は「過去の火山」ではなく、今まさに動き続けている火山なのだと分かります。
補足しますと、噴火警戒レベルは1〜5の5段階です。火口に近づける普段でも、レベルが上がれば規制がかかるしくみになっているのですよ。
阿蘇カルデラの正体|約9万年前の超巨大噴火

そもそも、あの巨大なくぼ地はどうやってできたのでしょうか。阿蘇カルデラは、約27万年前から約9万年前にかけて、4回の巨大噴火(Aso-1〜4)を経て形づくられたと考えられています。なかでも最後のAso-4噴火は、けた違いの規模でした。
噴き出した火砕流などの総量は、推定で約600立方キロメートル超。火砕流は九州中央部を覆いつくし、一部は海を越えて山口県側まで達したとされます。火山灰にいたっては、遠く北海道でも確認されているというのですから驚きです。マグマを噴き出して空っぽになった地下を、地表が支えきれずに陥没する——そうして生まれたのが、今のカルデラ。下の図で、そのしくみを見てみてください。
阿蘇山と人の暮らし|火口の恵みと隣り合わせ
これほど危険な火山のすぐそばに、なぜ人は住み続けるのでしょう。答えは、火山がもたらす恵みにあります。カルデラの内側は湧き水が豊富で、地形は平坦。火山灰が積もった土は作物を育み、古くから集落が開かれてきました。広大な草原に牛馬が放たれる草千里の風景は、火山と人が長く共に生きてきた証です。
豊かな水、肥えた土、温泉、そして雄大な観光資源。火山は、奪うだけの存在ではありません。脅威と恵みは同じ場所から湧き出している——人が阿蘇のそばで暮らし続けてきた理由は、まさにそこにあります。危険を承知のうえで、それでも離れがたい山。阿蘇は、自然と人の関係そのものを映す鏡のような場所なのかもしれません。
阿蘇山噴火の教訓・火山と生きる防災
阿蘇山の歴史が教えてくれるのは、火山は前ぶれが少ないまま、いきなり牙をむくことがあるという事実です。1958年も1979年も、犠牲になったのは火口の近くにいた人々でした。だからこそ、火口に近づくときほど、最新の情報に身をゆだねる慎重さが欠かせません。
- 火口を訪れる前に、噴火警戒レベルと立ち入り規制の情報を必ず確認する
- 火口付近では、退避壕(シェルター)の位置をあらかじめ把握しておく
- ぜんそく・心臓や気管支に持病のある人は、有毒な火山ガスに特に注意する
阿蘇では、火口周辺に退避壕が設けられ、火山ガスの濃度や噴火の兆候がつねに監視されています。先人が払った大きな犠牲のうえに、今の安全のしくみは築かれてきました。火山を恐れすぎず、しかし侮らず。正しく知って向き合うことが、火山と共に生きる第一歩になります。
阿蘇山の噴火で死者は出ているのですか?
はい。1958年の中岳噴火で12人、1979年の噴火で3人が亡くなっています。いずれも火口の近くにいた人々が、噴石(火山弾)に襲われた痛ましい災害でした。
阿蘇山は今も噴火するのですか?
はい。中岳は今も活発な活火山で、2016年10月には噴煙が約11,000mに達する爆発的噴火、2021年10月にも噴火が起きています。数年から十数年に一度、活動を活発化させています。
阿蘇カルデラはどれくらい大きいのですか?
南北およそ25km、東西およそ18kmと、世界最大級の規模です。約9万年前のAso-4噴火(噴出量600立方km超)をはじめとする巨大噴火によって形づくられ、内側には町や田畑が広がっています。
まとめ|阿蘇山噴火が教える「火山と生きる」ということ
阿蘇山は、世界最大級のカルデラを抱え、今も噴煙を上げ続ける活火山です。1958年には12人、1979年には3人の命を火山弾が奪い、2016年・2021年にも噴火を繰り返してきました。約9万年前の超巨大噴火がつくったこの山は、けっして過去の遺物ではなく、今を生きる火山なのです。
それでも人々は、水と土と景観の恵みを受けながら、火口のそばで暮らし続けています。恐れすぎず、侮らず、正しく知って向き合うこと。阿蘇が積み重ねてきた教訓は、日本中の火山の足もとで暮らす私たちすべてに通じます。ほかの噴火・火山の記事も、あわせてご覧ください。