ゆるい名前にだまされてはいけません。「島原大変肥後迷惑(しまばらたいへんひごめいわく)」は、1792年(寛政4年)に長崎県の島原で眉山(まゆやま)が崩壊し、その土砂が海へなだれ込んで大津波を起こした複合災害です。死者は島原側と対岸の熊本(肥後)側を合わせて約1万5,000人。日本の火山災害史上、最悪の犠牲者数です。この記事では、名前の由来から津波の高さ、今も残る九十九島の風景まで、この災害の全体像をたどります。 島原大変肥後迷惑はいつ・何が起きたのか 1792年5月21日(旧暦の寛政4年4月1日)の夜。事 ...